率直に言ってとても良くない精神状態を抱えている。
なんかいろいろとよくわからないようなことを書いていたけども時間が経つと徐々にそんな感情も弱まって、ただ置きどころのない強い不安感や強い悲しみなどの鬱の感情だけが消えずに取り残された。
そういった感情は当然ながら日常生活の全てに影響を与え、書くものも書けず読むものも読めず、なにか楽しもうという感じも起こらず、といった具体的なことができないということよりも、ただふとした時間全体がつらさと悲しさに満ちるようなものになってきていて仕様がない。
だから最近は毎朝仕事に行くのがとてもつらく億劫で、それなのに今一番安定しているのは仕事をしている時だ。やることが次から次へとあり、そういったことをしているうちに時間が経過して一日の半分以上がそれで過ぎてくれる。
そして疲れ果てて家に戻り、また家の中でつらくなる。
基本的に仕事もなにもせずにできるだけ家の中で過ごしていたいと思うような人間なのだけど、家の中でもこんな感じだったら一体どうすればいいんだろうと思う。
この間、約束で同僚とか友人とか諸々の人と会うこともそこそこあって、積極的な気持ちでない状態ではあるけど合えばまあ普通に楽しく話をしたりとか。
最近年下の仲のいい同僚たちと話をしていると、恋人と暮らし始めるとか、離婚したことを聞いてずっと好きだったという昔の友人から言い寄られていて悪くもない、みたいな話とかを聞く。
それで、昨日一昨日と旧い友人と会ってきたんだけど、色々な話をするうちに、またしても恋人ができたかできそうだかという話を彼からも聞くことになった。
彼はこれまでずっと元気がない時期が多くて、母親の介護と看取りやブラック企業からの退職なんかを経ていたこともあったようだった。
それでもそこから彼は介護職員初任者研修を受講して介護業界に転職して、今のところで4か月くらい働いている。週2回ジムに行ったり、身体の気になる部分を手術したり、性的な充足感を得るためのこともしたり、まあなんというかすごく前向きなことをし続けていて本当にすごいなあって思った。
昨日は京都で午後に合流して、雨の中で彼が行ってみたいという安井金比羅宮に行ってきた。
あそこは誰か抹殺したい人物がいる時にでも行くようなところじゃないのかなと思ってたんだけど、良縁祈願のところでもあるみたいだった。
彼は雨が降る中、本堂に念入りにお参りをして長時間願い事を伝え、そのあと白いお札に願い事をしっかりと書き込んでから、例の白いお札が全体に貼られてわさわさとした毛並みのようになっている石の真ん中の穴から身を屈めて向こう側へくぐり、またこっちにくぐり直して戻ってきて、それから手にしたお札を貼り付けていた。
一応自分も同じことをしたけれど、札には大まかなことしか書かなかった。
彼は写真を撮られることも拒むくらい真剣で、その横顔を見ていたら本当に真摯に自分のこれからについて考えたり望んでいるんだなあと思った。
帰りは2人ともびしょ濡れで、もう帰ろうかということになり、団栗橋を渡って高瀬川沿いに歩きながら駅に戻った。
自分といえば、今日も一日中悲しさがまとわりつき、なんとか洗濯を回したくらいでなにもできなかった。
こうやってなんとか日記は書けたということを成果にして、ほんの僅かでもいいので前向きの気持ちに向いていかないだろうかと思う。
みんないいようになったらいいと思うし、一方で自分は、これからどう生きようとかそんなことばかり焦って考えているからだめなのかもしれない。活着真的很不容易。
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