去年の12月頃から今にかけて、あまり心の調子が良くない。
良くないとさみしさとかそういった症状も併発してしまう。
今日Blueskyのタイムラインを見ていたら、オカヤイヅミがWebで連載している「ラディッシュを下から見る」の紹介で、「正月落ち込む勢」という言葉を使っていて、そんな人が世間にはたくさんいるのだなと思って、それから最新話を読んだ。
「ラディッシュを下から見る」は全体のテーマに生と死が流れる虚実入り交じった日常漫画で、日記のような話の中に明らかにフィクションだろうという話が紛れ込む手法は、内田百閒のエッセイの雰囲気も感じるんだった。
年末は大晦日から正月の朝にかけて母の家に行き、妹と三人で紅白見たり蕎麦食べたりといつものように過ごしたのだけど、そんなこととは関係なく落ち込むものは落ち込む。
まあこういったものは持病のようなものなのかもしれないけれど、それにしては年明けからも不安やさみしさ、ちょっとしたことで深めに落ち込むなどのことがずっと続いている。
それでも年末は、toi booksで行われた「ユニヴァースのこども」のトークイベントに行ったり、書肆喫茶moriで行われた「海外マンガブッククラブ」に参加したりした。
12月27日にあった「ユニヴァースのこども」のトークイベントは、今回は本のイラストレーションを担当した漫画家のひうち棚さんと、作者の中井敦子さん・森岡素直さんに編集者の藤本なほ子さんと装丁の矢萩多聞さんという(観客に作者2人の恩師である池内靖子さんもいた)、関係者が全員揃ったようなイベントになった。
話はひうち棚さんを中心に展開した。
ひうちさんは、平日に会社勤めをして異性のパートナーと子供2人と暮らしているという「狭い世界で生きている」自分にこの本の装画の依頼があった時、これまでの人生で関わることのなかった人達だったと思ったと正直に吐露しながらも、同時に「これは自分がすべき仕事だ」って思ったのだという。
そしてそのあと実際に京都の敦子さん・素直さんの家を1日訪れて、生活者としての共通点を感じながら、ひうち棚らしい視点で取材をし、イラストを制作していく過程がかなり詳しく語られていった。
ひうちさんは自らの作品に流れているのは死だと語り、その話が、敦子さん・素直さんの、これからだって2人の関係や自認するセクシュアリティは変わりうるんだ、という話とつながっていく。
変わりゆくなかで続いていく、記憶に残らない「ただの生活」をここに残しながらこれからもこの本と生きていきたいという話が素直さんからあって、それはこの本を作ろうとした人達みんなが、変わった関係の2人とその家族の日常をあからさまにする、みたいなことではなく、ただ自分のままここにいて(いようとして)、生きて暮らしているっていうことを形にしようよ、と思ったからなんだと思うし、そのことはとても聞いていてうれしかった。
話の中では、「声で語る」ということの意味についても興味深い話があったんだけど、作者の2人でpodcastをしてくれないかなと思ったりもした。
12月29日に書肆喫茶moriで行われた「海外マンガブッククラブ」は、これから海外マンガを知っていこうという人のために、月1回漫画好きが集まって語ろうということで開催された。
書肆喫茶moriはずっと存在を知っていて、勝手知ったる谷六だし行けないような場所でもないのでなかなか行けていないところだったから、この機会に参加しようと思って申し込んだんだった。
海外コミックの世界は日本のコミックがそうであるように広大で、本当にテーマやきっかけがないとどこから読んだらいいかわからない。日本の漫画が安すぎるだけなのかもしれないけど、海外の漫画は1冊数千円するものも珍しくない。だからこそできるだけ面白い漫画を手に取りたい。そういった意味でもとてもうれしい企画だと思って参加したんだった。
12月にあったのはこれからどういった形で進めていくのかということを話すという《プレ回》で、今年読んで面白かった漫画について話したり、リモート参加した翻訳者の井田海帆さんや大西愛子さんの話が面興味深く、いい会だった。
海外漫画をもっと知ろうと思っている理由の一つに、(漫画だけの話じゃなくて)自分は全然勉強もできていないし知らないことばかりだということを改めてちゃんと認識しなくちゃいけないって思ったことがある。
知らないことを知っていると嘘をついたり、話をずらして自分の知っていたり得意な話ばかりしようとしたり、これらは今までの自分がやってきたことだ。
去年の今頃からずっと一つの目標にしているのは、自分はもっと悔しいくらい恥ずかしい思いをしなくちゃいけないってことだったのだけど、それは今も継続中だ。
あとは、先月からずっと小説を書こうとしていて、そのことも現在の不安定な心理状態にかなり繋がっているのかもしれないって思う。
20代の頃に小説を勉強する学校に通って以来、現代詩は書いていたけれど、小説はまともに書いたことがなかった。本当に何十年ぶりかという感じで今書いている。
これも、自分はこんなこともできないのかと思わされる原因の一つになっている。でも、それは今話したようにそうしなくちゃいけないという経験の一つであり、たぶん長年考え続けてきたことが収斂していくとしたらここにしかない、とずっと思い続けてきたことでもあった。
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