先週の水曜日に大阪駅の横にあるヨドバシカメラの向かいの歩道で反戦スタンディングがあったので、仕事帰りに行ってきた。
18時半からの1時間だったのだけど、段々と雨が本降りになり、途中コンビニで買って来ていた合羽もほとんど意味をなさず手足がかじかむような日だった。
同じ日に行われた国会前と比べると参加者は270人とかで少なかったけれど、それでもどこからか集まってただ雨の中プラカードやサイリウムを持ってただ立つだけのためにこんなに人が集まっているんだなって思った。
梅田のヨドバシカメラの外周には歩道があり、ヨドバシになにかを抗議するってことじゃ全然ないんだけど、南東の角からヨドバシを半周くらい取り囲んでいるような感じはあって、メガホンでコールしている人や黙ってペンライトを持っている人など様々で、海外から来た旅行客の人なども多く通る場所でこういったことをするのはいいなと思ったりした。
増村十七のBlueskyでのポストを読んで考えていたのだけど、確かにSEALDsが主催した国会前のデモがあった時、国会正面の道路の両端にある歩道に押し込められていた参加者が、まるでダムが決壊するように一気に中央の道路になだれ込んだということがあって、その中に自分もいた。
あの時60・70年安保世代の人たちがそれをカルチェ・ラタン(解放区)だと言っていたことを覚えているし、運動体にもそういった世代のコミットが多くあったような気がする。
今回は国会前には行っていないけれど、そういった自分の親の団塊世代は当然参加していて、でもなにかちょっとあり方が変わろうとしているような気がしている。
大きなデモはあった方がいいと思う。でも様々な場所で大規模にも小規模にもしょっちゅうやる、そんなことをこれからはずっとしなくちゃいけない時代なのだと思うし、それこそ選挙以外の民主主義の方法を試し続ける機会がこのひどい時代とともに訪れたんだと思いたい。

ただ、情勢報道分析を始めとした選挙に関する様々な検証を行っている三春充希がnoteのいくつかの投稿の中で、先の衆院選では自民党の得票数は岸田政権時にあった2回前の衆院選挙と大きくは変わらなかった、という記事を出していて、これには少し勇気づけられた。
立憲民主党と公明党が合流して中道改革連合になった時、党の旗をニコニコしながら持っていたのは揃いも揃って年嵩のいったオヤジたちだった。
そのことや、「中道」として後退させられた政策を見て絶望した人間は自分だけじゃないと思う。
やはり、今ある政党がある日いきなり代わるなどということには期待できない気はする(そういったことが悪い形で起こったのが今回のことかもしれないけれど)。
そういった意味では絶望と希望、両方があるのかもしれないとは思う。
既存のものによらない新しい形が生まれないだろうかと、そんなことを思ってしまうけれど、この未だに未成熟な国の中で、民主主義としてできる(できればワクワクするような)オプションを自分たちが行動することで探し続けていくしかない。