ちょっと前のことだけど、8月15日に奈良の平城宮跡に行って、現代詩の同人の人たちと「つばめのねぐら入り」というのを見に行ったりした。
待ち合わせの大和西大寺駅で団塊の世代のKさんと、高架から地上を見下ろしながら、駅前のロータリーのあそこがあれの現場ですよね、と言い合ったりした。
あれから数年が経っていて、当時とはロータリーが随分変わっていますよね、という話をした。
平城宮跡の広大な敷地に入ると、道は整備されているけれど草や木の緑が多くて気持ちのいい場所で、昔はただの野原だったのにと思いながら歩いた。
その敷地の一部はヨシ原になっていて、夏前から8月すぎにかけて多数のつばめがそこをねぐらにするために一斉に集まってくるらしかった。
空を見るにはとてもいい場所があって、そこに他の見学者たちも集まってカメラを構えたりしている。
ポテトチップスを食べながらゆっくり待っていると、日が傾き始めた頃から上空につばめが集まり始めた。
数羽から次第に大きな集団になっていき、段々と渦のように空を回遊しながら葦のある地上に降り立っていくようになっていった。
まさにマジックアワーと言えるような幻想的な空をつばめが埋め尽くしているという、きれいという以上に生き物の不思議を感じるような力強さがあって、見に来てよかったと思うようなすごい光景だった。みんなで、あたりが真っ暗になるまでそれをずっと眺めていた。
誰かが時々なにかを話すのだけど、それらはつばめの鳴き声がする広い空に吸い込まれるようで、常に静けさがあった。
西大寺に始めて来たのは18歳のときで、高校を中退して奈良の生協に就職したときだった。
なにをしたらわからないような状態で父親のつてで奈良に連れてこられ、そこから約3年くらいをその場所で過ごした。ならファミリーができたばかりで、駅も地上駅だった。さみしいから毎週末は地元に1時間かけて帰って、数少ない友人と会ったりしていた(ヤングサンデーを見て応募して橋本治のサマーセミナーに参加したのもこの頃だ)。
そして、その頃から30年後にまた奈良に来るようになるなんて、全く思いもしなかった。
18歳の頃、奈良の生協の寮に住み始めた初日に、そこの社長に若草山に連れて行かれて「ビールで乾杯や」と言われて慣れないビールを飲まされて、眼の前に奈良の町並みが広がる芝生の上でしたたか酔っ払ったということがあった場所に、また登ることになるなんて。
そしてそれは、ならファミリーもそうだった。悲しいとか懐かしいとか、そんな簡単な感情じゃないよな、ってそんなことを思いながら秋篠川のあたりからその建物を見ていた。
ここは、一人のファシストが殺されたことなんかよりも忘れがたいことばかりがある、そういった町なんだった。
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