映画「違国日記」は思ったよりよかった

映画の「違国日記」だけど、思っていたよりも悪くなかったかも、って思った。
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映画「違国日記」は、事故で両親を亡くしてしまった中学3年生の朝が、気難しい小説家の叔母に引き取られてからの約3年間の2人の日々を描く、ヤマシタトモコによる全11巻の同題の原作がもとになっている。原作の漫画がどんな漫画なのか一言で言うならば、シスターフッドの物語だ。

物語は朝の両親が事故で亡くなるシーンから始まって、あの有名な「たらいってどうやって書くんだっけ」のシーンを再現していく。
とても複雑で多様で、漫画でしかできない表現も多かった原作の中から、重要だと思えるシーンの多くを掬い取り、そこを物語の通過点としながら映画は進んでいく。
まず思ったのは、原作と大幅にかけ離れた感じではなくてよかった、ということだ。
新垣結衣の槙生は(失望するつもりで観たということもあったかもしれないけど)そんなに悪くなかった。
なんだろう、漫画の表現と、映像の表現とでは鑑賞のされ方が全く違うわけで、そんな中でのそれぞれのやり方、という意味では間違っていなかったのかもしれないと思った。
槙生はもっと冷たくて恨み苦しんでいたほうがいいのかもしれない。でも、それを漫画として読む場合と動く映像で人間が演じるものとでは受け取る印象が相当違うような気がする。漫画は作者や読者の裁量で時間を止めたり動かすことができるけれど、映像は見逃してしまうこともあれば、逆に表情や仕草や雰囲気などで過剰すぎるほどの情報を残すことだってある。
映画では、槙生と朝のバランスはとてもよくて、原作のキャラクターを重視するというよりは映画としての調和を重視していたようにも思えた。

好きな人にとっては人生に寄り添うくらいのこの大きな原作を、2時間の映画で完璧に描き直すことなんて可能なんだろうか、という中で、とても慎重に考えられた映画のような気がした。
あそこってどう映像化されるんだろう、という部分に対していくつも応え、原作と大きく設定を変更せずに一つ一つシーンを積み重ねていく。さらには原作では描かれなかった部分を映像によって拡張しているように思える部分まであって、観ながら素直に、ああここってこうなってたのか、って思ったりした。

ただやっぱり短い映画の時間で全てを描ききることは難しい。だから、映画ではいくつかの大きな判断がなされていた。
一つは朝の父親に関する問題を一切登場させなかったことだ。
「父親」がどういう存在だったのか、という部分は、原作の「違国日記」における最大の謎だ。
作者のヤマシタトモコは原作で女達を描くだけではなく、そこから「男」として生きる人間の苦しさや限界までを浮かび上がらせようとまでした。
その部分の成否についてはここでは触れないとして、それは映画の短い時間の中ではあまりにも大きくて扱いづらいテーマだったと思う。
だから、映画では塔野がギラギラした男になったり、笠町くんが(原作以上に)つまらない男になったのも、そこらへんの複雑さをあえて諦めたからなのだと思う。だとしても、この物語が女達の物語だという基本は大きく変化しないだろうし、すごく乱暴に言うと多分、男の問題は男でどうにかしな、っていう部分も同じように変わらないだろうと思うし。
笠町くんは原作では慎重で丁寧でいい男であるのだけど、結局はジェンダーロールに適応し、ホモソーシャルの社会からはみ出さないで生きている。それでも漫画ではある意味ファンタジー的に絶妙なんだけど、現実にしたらそんな男がどんな風になるのかっていったら映画のようになっちゃうんだろうな、っていうだけの話だ。
(すっごい余談だけど、そんな「男」の価値観がぐちゃぐちゃになってしまうところが可愛いからBLを読むんだろうなって思ったりする)

もう一つの大きい部分がラストシーンだ。
具体的には書かないけれど、原作と映画ではラストシーンが違っている。映画オリジナルのものではなく、原作中盤のある場面を映画でのクライマックスとしている。
この映画で一番よかったと思ったのは主人公の朝で、ずっと観ているうちに段々と、この朝は本当に朝みたいだなあと思えてくる。早瀬憩の朝は原作の朝でもあるような気がしたし、映画の中でも朝として物語とも、そして新垣結衣の槙生とも調和していた。
この映画は槙生と朝との2人の、そしてそれぞれの日々と変化を日記的に描いていき、それが一つの雰囲気として形作られ伝わってくるようなものだった。
原作のような複雑さを選択しなかったことが、かえってよかったような気がした。

この映画のラストは、映画と原作とでは積み重ねた時間がどうしても違う、ということをちゃんと尊重したうえで考えられたものだと思った。
朝の毎日におけるちょっとした大きな事件、というところでラストシーンを迎えたこの映画は、それでもとても「違国日記」らしいなあと思ったんだった。

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