石山さやかが「恋人のことを描くということが惚気と受け止められないだろうか」とどこかで話していたのを覚えている。
「Short Trip with Typhoon」は2019年に作られたzineだ。
恋人と朝早く起きて新幹線に乗り、宿に泊まって近所の市場や水族館を散歩し、海に浸かって帰ってくるという二人旅が、見開きの片側に手書きのテキスト、もう片側にイラストという構成で綴られている。
自分だけの感覚なのかもしれないけれど、恋人と泊りがけで行く旅行はいつでもほの悲しいものだった。
ある程度お互いのことを知って、「今度ちょっと遠くに旅行でも行きたいよね」と話して出かけて来たというのに、なんでなんとなくの悲しさに浮き立っているんだろう、っていつも思っていた。
作者が描く恋人との旅行は悲しいものなんかじゃない。でも、イラストに、言葉とその周りの空白に、そうして知らない土地を2人だけで過ごしている心細さが溢れ返って伝わってくるようだ。
このzineは、観光に行って色々と面白いものを見つけたよ! って感じじゃない。
じゃあなにを描こうとしているんだろう、って思うとやっぱり、恋人と旅行に行ったということそのものを、書きとめようとしていたんじゃないかって思う。
この話の道中では、雨に降られて海に入れなかったり、タクシーがつかまらなかったり、お土産物屋が閉まっていたりとか、そんな出来事に見舞われる。
でもこういうことって旅行をしていたら結構起こることだ。
帰る直前にレストランで長時間待たされて、出発時間が迫っていたから結局食べることができなかったというエピソードが終わり頃にある。
そこに、
「こういうとき 不機嫌になってしまう人がいる おべんちゃらではなく 君がこういうとき 不機嫌にならない人でよかった」
と、どちらかがどちらかに話した言葉が書かれている。
知らない土地で2人でいるとき、自分たちはなにを見ていたんだろう。
僕はずっとお互いを見ていたんだと思う。
恋人が喜んだり、ときに苛立ったりするようなところをそれとなく、ずっと見ていて、それは2人にとっての日常の延長なのに、ずっと忘れることのできない記憶になっていく。
そんな全てがこのzineにはあって、だから同じように、この静かでささやかな話をいつまでも忘れられないのだと思う。
Short Trip with Typhoon / 石山さやか
770円(ブックギャラリーポポタム)
※旧ウサヤマブックスからの転載記事です。