うさぎ式漫画大賞2024

この「うさぎ式漫画大賞」は毎年、SNSとかイベントスペースとかでどこかで発表しているのだけど、自分が今年読んだ漫画の中で、特によかったと思うものを挙げていくというものだ。
まずは、今年漫画を読んできた中で感じたことや、その共通点なんかについてちょっと話したい。


今年に始まったことではないけれど、最近になってやっと、社会の中でいないことにされている様々な存在が、本当はこれまでもずっと存在していて、社会的な抑圧や息苦しさ、存在の無理解と差別の中で生きているってことが表にされるようになってきている気がする。
南Q太の「ボールアンドチェイン」では、社会の中でそのままの自分で生きられる人間(主人公の彼氏)が、性自認のゆらぎを感じながら「女」や「妻」として扱われてきた主人公に対して「何でそんなに性別にこだわるの?」と言うシーンがある。

南Q太「ボールアンドチェイン」第2話より

それに対して主人公は「傲慢なんだよ そういう物言いは」と言い放つ。
世の中には自分らしくいていい人間と、そのことが許されない人間がいて、そのことは本人ではなく、社会の多数派によって決められていく。
いつも鈍感を装うことでマイノリティを抹殺してきた人間たちに対して、この言葉は明らかな戦いを告げるもので、そういったことが一見どんなに穏やかな表現を取っていたとしても行われ始めているんだっていうことを感じる。
それは、セクシュアリティだけのことじゃなくて、「恋とか夢とかてんてんてん」や「若草同盟」のみならず多くで描かれ始めた貧困とかブラック企業の実態みたいなのも、そのひとつなんじゃないかと思う。
「ふつうの軽音部」にしても本当に「ふつう」に、たまき先輩や桃といったセクマイだろう登場人物が描かれたりとか、やっぱりそういった流れは明らかにあって、一方でそのことは、これまでに存在していたり今も存在するマジョリティの「あたりまえ」の感覚に満ちた漫画を急激につまらないものにしている気さえする。
「ポリコレで漫画がつまらなくなった」のではなくて、もうそういった漫画はよっぽどじゃないと冷めるし萎える、というだけのことなのだと思う。

そして、それは別の側面から見ると(あまりいい言い方ではないかもしれないけれど)複雑さというようなものが漫画には求められてきているってこともあると思う。こんなにも漫画が溢れてしまっている中で、そうやって変わりつつある社会のコンテキストを根底に折り込みながらその作品が作られているのかどうかが、それこそ漫画の面白さに直結してしまっているというのは、本当に大変なことだなあって思うけれど。
別に作品自体にそんなことが描かれていなくてもいいけれど、この世の中がとっくに終わってるってことを前提にしないまま未来を描き出そうとしても、それは無理な話なんじゃないかと思ったりもするんだった。

それでは、以下に基本的によかった順からの11作について、選評を書いていこうと思う。


佐々田は友達(既刊2巻)/スタニング沢村

何気なく単行本を買って読んでみて、とても衝撃を受けて、それ以来ずっと文春オンラインで読み続けてきた漫画。
「女の体をゆるすまで」などのコミックエッセイを描いていたペス山ポピーが別名義で描いたフィクション作品で、男の子として生きたいし、将来はカラシ色の似合うおじいさんになりたいと願う女子高校生佐々田と、佐々田の周りの高校生たちの物語。
この漫画がとてもいいなと思うのは、佐々田にだけ焦点を当てないで、周囲の高校生たちそれぞれの視点で自分が嫌なこと、大切にしていることなどを丁寧に描いていることだ。
そしてそんな中に女性でいることに違和を抱えた佐々田がなんとか存在している、という形だ。
ほとんど作者なりの「スキップとローファー」なのだけど、こんなに誰かによって何度も何度も描かれてきた高校生生活の話なのに、なんで今まで読んだことのないような面白さと哀しさに満ちた漫画なんだろうって思い、そしてどうしてこんなに息苦しい共感を持って伝わってくるんだろうとも思う。
どちらかというとこの物語の中心を外れたところにいる主人公佐々田に描かれていく静謐さと、まだ形になりきっていない感情が、同じ思いを抱えながらこの漫画にたどり着いた人に直接届いていけばいいなと思う
(2024年に文春オンラインでの連載が完結し、25年1月に完結巻(第3巻)が発売される予定)
佐々田は友達 1-2巻 / スタニング沢村 / 文藝春秋

ボールアンドチェイン(既刊2巻)/南Q太

南Q太ってこんな漫画だったっけと言っている人もいるみたいだけど、そうかなあ、「グッドナイト」だってそうだったしなあと思ったりする。
「佐々田は友達」と同じように性自認のゆらぎを抱いている(戸籍上の)女性主人公の物語なのだけど、こちらは全く闘い方が違う。
主人公けいとの彼氏やその親の態度、もう1人の主人公あやの夫とその家族は、シスジェンダーなどのマジョリティの横暴に満ちて描かれる。
それを見て「こんな人間今日びいないでしょ」とか言うだろう人間も含めて、作者はそんな欺瞞を次々と物語というナイフで滅多刺しにしていく。それも一切の手加減なしに。
あやの夫の話だけで言うと、とても世間に共感されやすい話ではあると思う。なんだよあの不倫したうえに開き直るひどい男は! っていう思いにさせつつ、同じような強さでトランスジェンダーに対するシスの欺瞞をぶつけてくるっていうのがまたすごいやり口で、本当に大好きだとしか言えない。
あと、もし可能であれば2023年にコミティアで発表された同人誌「Marsha」も読んでほしい。
こちらは男女が入れ替わって、主人公が性自認のゆらぎを感じている男性なんだけど、全く違う星の出来事だという体を取りながらもどこか共通点も感じられる物語で、まるで自分のことのように思って読んでしまった。
しかし、作者はおでん屋のアルバイトでなにかあったんだろうか。
ボールアンドチェイン 1-2巻 / 南Q太 / マガジンハウス

みちかとまり(既刊2巻)/田島列島

1巻を読んで「なんだこりゃ」「今回の田島列島はちょっと合わないなあ」と思った人がもしいるのなら、今すぐ急いで戻ってきてほしい。
シリアスとギャグと時間を使い分けることができる作者は、明らかに現在の漫画家の中でも、例えば「絶対漫画感」とでも言えるような稀有な能力を持っている人だと思う。
それが更にはファンタジーとホラーまで相まってしまうともう、とんでもねえことになってしまう、っていうのがこの漫画だ。
怖くてかわいい過去の世界から、この巻で物語はついに現代に着地する。
その時に起きるいろいろを読んでいたら、鮮やかで感動的でうれしくて、それだけで胸が熱くなってちょっと泣いてしまった。
次の新刊が1月に控えているので、それまでに必ず読んでおいたほうがいい漫画。
みちかとまり 1-2巻 / 田島列島 / 講談社 モーニングKC

スーパースターを唄って。(既刊4巻)/薄場圭

今年だけで2・3・4巻というハイペースで発刊されている、大阪の下町で貧困と絶望の中で反社グループと繋がりながら生きてきた少年たちが、ヒップホップシーンでのし上がろうとする物語。
特によかったのはリリーの過去が描かれる3巻だ。
雪人やメイジみたいなひたすらに凄惨な話ではなく、年上のMCユリとリリーが一緒に過ごすようになり、それから彼女自身がユリの思いを受け継ぎながら鏡写しのようにMCになっていく、というところを丁寧に描いているところがすごくよかった。もう戻ってこない愛だけを持ちながら一人ステージで戦ってる、っていうところがとっても腑に落ちた。リリーさんマジかっこいい。
そして、それぞれのエピソードというよりは、常に読みながら全体の大きな流れに巻き込まれてしまうような力強さが衰えないまま、この漫画は4巻まで来ている。
スーパースターを唄って。 1-4巻 / 薄場圭 / 小学館 ビッグコミックス

ずっと青春ぽいですよ(既刊3巻)/矢寺圭太

連載開始からもちろんコミックDAYSで先読み購入までしながらずっと読んでいる。
今年のクライマックスはアイドル研究部のみんなで初めてアイドルグループ「タムタム」のライブに行くところ。
とにかくどの話もエモさとかわいさがすごい精度で入っていて、やっぱり矢寺圭太の漫画は面白いなあって思う。
あとはとにかくちゃんと更新さえしてくれれば……と1年中思っていた。
ずっと青春ぽいですよ 1-3巻 / 矢寺圭太 / 講談社 コミックDAYSコミックス

変声/はやしわか

新潟県の本屋では置いていないところがないと言われている「銀のくに」の作者はやしわかの「変声」シリーズなどを収めた単行本。
中学生の男の子同士が知り合って、同じ感覚とか好きなものとかを共有したりしながら、友達から恋人へと移り変わっていくところをゆっくり描いていくんだけど、それがかなり落ち着いた雰囲気でいい。
彼の声が好き、彼といると息ができる、彼の聞くラジオが好き、というように、ちょっとずつ生まれた感情を丁寧に積み上げていくところが、くすぐったくも中学生の恋だなって思って、そんなところもとてもよかった。
変声 / はやしわか / ヒーローズ ヒーローズコミックス ふらっと

雨がしないこと(上下巻)/オカヤイヅミ

恋をしない花山雨が一人暮らしをしている一軒家は郊外にあって、そんな雨の家に友人たちが訪ねては、恋の話とか色んな話をして帰っていく。
そこに共感がなくても友達関係は成立しているっていうところがいいなあと思う。
「ものするひと」の頃から作者は恋愛の機微や違和をドキッとするくらい正確に捉えているのに、同時にそれがとても俯瞰的でもあるという不思議な感覚を持っていると思う。
アセクシャルの雨を、恋愛なんか超越した人、みたいに描こうとはせず、雨から見た家族や世界もちゃんと描いているところが一番いいなと思ったところ。
オカヤイヅミの漫画を読むと、生き方って何種類しかないわけじゃなくて、好きなようにみんなで連携しながら生きたらいいんじゃないの、っていつも思える。
雨がしないこと 上下巻 / オカヤイヅミ / KADOKAWA ビームコミックス

林檎の国のジョナ(既刊1巻)/松虫あられ

都内のアパレルショップで働いていたアリスは、自分をコントロールしてくる母や、他人と比べ続けながら生きていく自分がいる今の場所が嫌になって祖母の住む青森を訪ねる。そこで、小学校でサポートが必要な生徒のためのクラスの担任を臨時ですることになるという話。
読んでいる感覚は「自転車屋さんの高橋くん」と同じで、ものすごくたくさんのイシューを1つの作品の中で同時に取り扱っているのにかかわらず、楽しく読めてしまうというところがやはり作者のすごいところ(今作で言うと、ルッキズム、母娘関係、発達障害、都会と地方など)だ。
ただ、そういったこともあってか、読んだあとにちょっとぐったりしてしまうところはある(これも「チャリ橋くん」と同じ感覚)。
「りんごの木」教室の子供たちがすごくかわいくて、これからクラスがどうなるのかとても楽しみ。
林檎の国のジョナ 1巻 / 松虫あられ / 双葉社 アクションコミックス

一緒にごはんを食べるだけ/大町テラス

雑誌の編集者の男性レイと、料理教室の講師をしている女性タキは、雑誌の連載のために定期的に会っては打ち合わせをして一緒にごはんを食べる。次第に仕事をしたり、ご飯を食べるだけじゃない感情がお互いに生まれてくるのだけど、2人はお互いに既婚者で、という話。
結婚したらパートナー以外とは恋愛感情を持ってはいけないっていうのは、なぜなんだろう。感情なんて自然に生まれてしまうものなのに。
この漫画は、そうやって自然に生まれた2人の感情が変化していくところをゆっくりと描いていて、一緒においしいものを食べる、ってことがそういった感情と地続きにあるのかもしれない、ってことを作者にしか持っていない「風通しのいい不穏さ」とでも言うような独特の感覚で描き出している。
一緒にごはんを食べるだけ / 大町テラス / コミックDAYS

冷たくて 柔らか(既刊4巻)/ウオズミアミ

予備知識無しで手にとって買ってみたら、すごくよかった。
百合漫画、といったカテゴライズの似合わない、かなり本格的な女性同士の恋愛漫画。
引っ込み思案のエマを宝が引っ張っていく、という構図から始まって、それがどんどん崩れていき、入れ替わっていくという描き方がいい。
単純に宝を女の人を普通に好きになってしまうノンケ、みたいに描かないで、ゆらぎと葛藤を相当慎重に描いているってことに加えて、場面や物語の切り替わり方がちょっと独特で、とんでもない直球の恋愛漫画なのにかかわらず、どこかで読んだような感じがしなくて引き込まれるようにして読んだ。
クリスマスイブに発売された第4巻を読みながら、段々と「全力で恋してる宝ちゃんを遠くから見守る会」みたいになってきて、ちょっといじわるかなあとか思ったりもしたけど。
冷たくて柔らか 1-4巻 / ウオズミアミ / 集英社 マーガレットコミックス

生産性のないニゴリカワ(既刊2巻)/坂井恵理

不妊治療を続けていく中で夫が浮気していることが判明し、実家に戻った冴。
母の食堂をしばらく手伝うことになるも、そのあと母はすぐに年下の男性と駆け落ちをして姿を消してしまう。残された冴の姉も弟も実家ぐらしで全く家事もしない状態で、これから一体どうしたらいいの、という話。
俗っぽい感じをさせつつ読む手が止まらないという漫画なのに、いつもながら深度のあるテーマが明確に設定してあり、だというのにやっぱりわかりやすく楽しく読ませられる、というのは本当に手練れだなあって思う。
たくさんの登場人物みんなが今の状況に対して自分なりの思いを抱いているんだってことが、徐々に明らかになるっていうのも面白い。
あと、漫画でこんなにはっきりとアロマンティックの人物が出てくるのを読んだのも、もしかしたら初めてなのかもしれないなあとか。
生産性のないニゴリカワ 1-2巻 / 坂井恵理 / 双葉社 ジュールコミックス


その他に、
恋とか夢とかてんてんてん」1-2巻 / 世良田波波
若草同盟」1巻 / 新田章
花四段といっしょ」1-4巻 / 増村十七
ふつうの軽音部」1-4巻 / クワハラ・出内テツオ
そしてヒロインはいなくなった」1-3巻 / ばったん
じゃああんたが作ってみろよ」1-2巻 / 谷口菜津子
定額制夫のこづかい万歳」1-8巻 / 吉本浩二
あさぎ色のサウダージ」1巻 / サクタロー
海が走るエンドロール」1-7巻 / たらちねジョン
などがよかった漫画だった。

今年はコミティアに2回行くことができて、その中でもすごくいい本をいくつも手にすることができた。
そのことについても、機会があったら触れてみたいなと思う。
あなたの人生を変えるような漫画との出会いがこの中にあれば、こんなに嬉しいことはないけれど、と思いつつ。

※リンクはすべて1巻にしています。
※キービジュアルにある「まじわる中央感情線」は未読なので来年ということで

3 thoughts on “うさぎ式漫画大賞2024

  1. うさやまさんっぽくていい選書だなあと思いいくつか注文させていただきました
    そしてやはり私も2024の選書で選んだものがたくさん入ってました

    今年特に思ったのは出版ブーム?も重なってかものすごい量の漫画があふれてて
    「あ、そうか。もう興味のないものは手に取ろうとしなくていいのだな」と
    それは昔から乱読の私には少し寂しい気持ちになったのですが
    そのかわりよりアンテナを張らないと出会えないのだなあ、とか

    1. ありがとうございます。そして、おめでとうございます。
      今年のはじめの大ニュースはさかなさんのデビューでした。
      それも木村紺さんと同じモーニングで……震えました。
      さかなさんのいいところが全部入っているのにすごく選択と集中が進んでいて、すごいなあと思いながらとっても面白かったです!

      言われるみたいに読む方も、生み出していく方も、自分のあまり興味のない方向にどれだけジャンプしたらいいんだろうってことをすごく悩むような時期なのかなあと思います。
      選書がいくつか重なっていたというところも嬉しかったです。

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