うさぎ式読書日記250309

2月の終わりの連休の頃に体調を崩してしまい、喉痛と高熱で3日間寝込んだ。
検査した結果コロナではないみたいで、まあなんとか仕事ができるというくらいの体調でも出勤して、帰ったらふらふらになってすぐ寝る、ということをこの2週間ずっと繰り返していたような毎日だった。
変に微熱があるのと喉痛は今現在も継続中で、寝るたびに良くなってきているような気もするけど、なんかもういい年齢の大人が風邪をひくと、こんなに長引いてしまうもんなんだろうかと思う。
寝込んでいるときも含めて、主人の体温が温かいからなのか、ずっと猫が布団の上に居座ってて、寝ていても寝返りも打てない状態が毎日続いていてこれにもちょっと参っている。
喉と、風邪のせいか花粉のせいかわからない鼻炎とで、なにを食べても味があまりわからないという状態が続いているのも辛い。今週になってそれも少しずつ回復してきているような気がする。

前に書いた、小説同人の外部合評で知り合ったあまざき葉さんからLINEをもらって、前回の日記を読んでくれたということや、自分の書いている日記についての感想なんかももらってうれしかった。
ネットで調べたらnoteをされているのだけど、そこに書かれている日々を読めば読むほど、小説を書くということに対してとてもストイックで、ここまでのことを常にやり続けているのかと思ってちょっと衝撃を受けた。
考えてみれば、かつて大阪文学学校にいた頃は、みんなではないにせよ、多くの人が仕事をしながら仲間の作品、なにかの受賞作や新刊などを大量に読み込み、そして作品を書いて合評に出し、実力を上げてレベルの高い同人誌に入っていく、ということをしていたような気がする。
そんなことを自分もしようとしているのかと思うと、ただ戦慄してしまう。
そういや先月くらいに、
「自分はケアマネージャーとか老人福祉に関してはかなりキャリアがあるけどさ、もう少し範囲を広げようと思って女性相談の講座に行って、そこで相談員のロールプレイをすることになってんけど、まあ相談くらいいけるやろ、と思ってたら全くと言っていいほどダメで、なにもできなくてさ」
という話を聞いたことがあった。
とても共感したのは、これが落ち込んだっていう話なんかじゃなくて、それを話している本人がすごく楽しそうだったってことだ。
そんなことは話を聞きながら途中から自分のことのようにわかっていたんだけど、それは最近、もっと恥ずかしい思いをいっぱいしなくちゃいけないなって思っていたからだった。
ほんとにね。恥ずかしい思いをするような場所に自分から出かけていくこと自体を表現って言うのかもしれないし。

体が弱っているなかでも、少しは本を読んでいた。
ずっと気になっていた李琴峰を初めて読んだ。
「彼岸花が咲く島」を読んだのだけど、面白かった。
登場人物たちが日本語、琉球語、韓国語、中国語なんかが混ざったような不思議な言語で語り合う小説なのだけど、ベースはある島に流れ着いた少女が現地の同年代の少女たちとその島で暮らしていくという成長譚だ。
ファンタジーかあ、と読み始めたときに思ったけれど、わかりやすくてかわいい物語で、少しクィアな要素もあるし、家族や社会、政治のあり方についての示唆に富んでいて、なかなか楽しかった。
そんなことは意味のない話だと思うけどもこの小説が純文学だとするならば、それは取り上げようとしている対象の広さと、一定の方向性は示されつつも様々な議論を誘発させるような、あえて固めきっていない小説世界にあるのかなと思った。

主人公あやが家を抜け出し電車に乗るシーン(ボールアンドチェイン12話より)

あと、やっぱり良かったのは南Q太の「ボールアンドチェイン」の3巻だった。
主人公のあやとけいとのそれぞれの物語が進んでいくのだけど、相変わらずの鋭さで「らしさ」を女にも、そして男にも求め続けてきた社会で生きる人達の苦しさを群像の中に浮かび上がらせていく。
今回一番良かったのは、50歳の主人公あやの回想からのシーンだった。
かつて結婚した頃のある日、夫に、「もう 半年になる 僕はじゅうぶん 待ったよ」と初めてのセックスを強く求められたあやは、寝室で待つ夫を置いて家を抜け出して冬の夜の街中を歩いていく。
月の下で光る東京タワーを見あげながら肉まんをかじって、「私を縛る ものは なにもない」と思うそのシーンは泣きそうなくらい感動的だ。
なんでここまでの数ページがすごいのかって、かつて90年代後半頃から次々と描かれていったあの頃の岡崎京子や桜沢エリカややまだないとなど、そして南Q太の作品がこの場所にもう一度、いきなり立ち上がってきたかのように感じられたからだ。
それはまさに主人公と、作者と、そして読んでいるそれらの人たちと世代の近い自分がかつて過ごしていた世界で、あの頃たしかに吸っていた息苦しくても根拠もなく自由を信じていたときの空気を、30年の時を超えて2025年のこの漫画に接続させたってことだ。
まさかそんなことある? って思って本当にすごいって思った。
もちろんそれは、漫画だけの話じゃなくて、この現実で生きる自分や自分たちに対して、そんなことだってあるんだよ、って言われているようにも思えたんだった。

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1件のコメント

  1. あまざき葉

    ウサヤマブックスさま、おひさしぶりです。ご体調いかがでしょうか。
    ねこちゃん、きっと心配で寄り添っていたのでしょうね。
    今回のご投稿のお言葉も、もったいなくて拝んでしまいました。いろんなじたばたを、あたたかく受けとめてくださってありがとうございます。
    ウサヤマさんこそ真摯に人生に向きあわれながら、ご自身ならではの世界を大切に築かれていて、見習いたいと思っています。
    同人誌関連の活動は少し大変なときもありますが、こうして素敵な方と出会えるのが何よりうれしいところです。
    ブログとともに作品も楽しみにしておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
    季節的にも心身がゆらぎやすいときですので、ご自愛くださいね。

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